大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和60年(行ツ)42号 判決 1985年10月15日

上告人

松本信恵

右訴訟代理人

杉山忠三

被上告人

名古屋市緑区長

渡邉邦夫

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人杉山忠三の上告理由について

論旨は、要するに、土地に対して課する特別土地保有税に関し共有物である土地の共有者について地方税法五九五条の規定を適用する場合においては、共有者の各人が当該共有土地のうちそれぞれの持分の割合に応ずる面積の部分を所有するものとして、各人ごとに、同条所定の区域内において一月一日に所有する土地の合計面積が同条所定の基準面積に満たないかどうかの判定(以下「免税点の判定」という。)をすべきであるから、共有者の全員を集合的に同条所定の「同一の者」ととらえたうえ、それが当該共有土地の全体を所有するものとして免税点の判定をすべきものとした原判決は、同条の規定の解釈を誤り、自ら課税要件を定めるに等しいものとして憲法八四条所定の租税法律主義にも違反するものである、というのである。なお、論旨は、原判決の名古屋市市税条例七八条の七の規定の解釈の誤りも指摘するが、同条は、地方税法五九五条の内容を重複的に規定したものにすぎない。

地方税法五九五条は、土地に対して課する特別土地保有税の免税点に関し、市町村は、同一の者について、同条所定の区域内において、その者が一月一日に所有する土地の合計面積が、同条所定の基準面積に満たない場合には、同税を課することができない、と規定しているが、土地の共有は、共有者が共同で当該土地の全体を所有するという土地所有の一形態であつて、右のように、同一の者が所有する土地の合計面積という場合には、特別の断りのない限り、所有の形態が単独所有であるか共同所有であるかを問わず、同一の所有権帰属主体が所有する各土地のそれぞれの全体の面積を合計したものを指すことが、字義的に明らかである。そして、共有物である土地の共有者に係る地方税法五九五条の規定の適用に関し、共有者の各人が当該土地のそれぞれの持分の割合に応ずるものを単独で所有するものとして、持分割合の面積により各人ごとに免税点の判定を行う旨の特別の定めは、同法には存しない。また、地方税法五八五条四項及び五八六条三項並びに地方税法施行令五四条の三六第一項の各規定は、共有物である土地の共有者は、共同で当該土地の全体について特別土地保有税の納付義務を負うものであり、全員が一つの集合体として当該土地の全体の面積により同税に係る免税点の判定を受けるものであることを、当然の前提としているのである。さらに、特別土地保有税は、土地の保有に伴う管理費用の増大を通じて、土地の投機的取得を抑制し、地価の安定を図るとともに、保有土地の供給の促進に資することを目的として、一定規模以上の土地を課税の対象とするものであるが、この目的からしても、当該土地が単独所有物であるか共有物であるかによつて課税上の取扱いを異にする理由はない。以上によれば、地方税法五九五条は、共有物である土地の共有者については、その全員を集合的に同一の者としてとらえ、その共有に係る各土地の全体の面積を合計したものが同条所定の基準面積に満たないかどうかによつて、土地に対して課する特別土地保有税の免税点の判定を行うことを規定するものと解するのが相当であり、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。地方税法五九五条が右の内容を規定するものでないことを前提とする所論違憲の主張は、失当である。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官伊藤正己 裁判官木戸口久治 裁判官安岡滿彦 裁判官長島 敦)

上告代理人杉山忠三の上告理由

原判決には憲法もしくは法令の違背があり、この法令違背は以下述べる如く判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を求めるものである。

一、原判決は、共有に係る土地の場合、地方税法(以下「法」という)五九五条および名古屋市市税条例七八条の七に定める土地の合計面積(基準面積)の算定は、当該共有地全体の面積によるべきものとし、共有持分の割合によつて算出された当該共有土地の割合面積(以下「持分面積」という)によるべきものとした第一審判決並びに上告人の主張を排斥している。

原判決の右判断の理由は明確ではないが

(1) 特別土地保有税は、課税にあたつては物的要件のみを考慮し、土地を保有する形態についての人的要件は斟酌せず、保有土地全体についての課税が問われるものであるから、法五九五条の「同一の者」とは土地等を所有し又は取得した主体をいい、共有者全員(集合体)をもつてここにいう「同一の者」にあたるというべきである(原判決五丁)

(2) 法施行令五四条の三六第一項等に照せば、法五九五条は共有土地全体の面積をもつて基準面積とすることを前提としており、これを区分して免税点を判定することを予定していない(原判決五丁裏及び六丁)

(3) 基準面積の判定を持分面積によるものとすれば、多額の資金を要せずに投機的動機で土地を取得する傾向を助長し、他人と共有すれば容易に課税を免れ、特別土地保有税を設けた趣旨に反する事態を招く(原判決七丁表及び裏)

ということに尽きると思う。しかしこの理由はいずれも不当である。

二、原判決が、前項(1)に述べた如く共有土地について共有者全員(集合体)をもつて法五九五条にいう「同一の者」にあたるとした判断は、どのようにしても理解することができない。

この結論を導きだすについて、まず原判決は特別土地保有税の免税点を定める法五九五条及び固定資産税の免税点を定める法三五一条がともに「同一の者について」という文言を掲げるのに対して、不動産取得税の課税標準を定める法七三条の一五の二がこの文言を掲げていないこと、不動産取得税はいわゆる流通税に属するものであること等を挙示し、特別土地保有税と固定資産税とはともに不動産取得税とは異なり、その課税にあたつては物的要件のみを考慮し、保有する形態が単独所有か共有かというような人的要件は原則として斟酌せず、専ら保有している土地の全体についての課税が問われるものと解すべきであるとし、前記判断の理由としている。

しかし、右の如く法文の体裁もしくは税負担力の所在の相違等を理由とし、特別土地保有税は物的要件のみを考慮して課税されるとする原判決の判断には論理の飛躍があり、なぜ原判決のように解釈しなければならないのかがわからない。また、物的要件のみを考慮して課税する以上、単独所有もしくは共有というような所有形態を問わず、土地の全体について課税が問われるべきであり、共有土地についていえば、法五九五条にいわゆる「同一の者」とは、共有者全員(集合体)にあたるというべきであると判示するに至つては、理由をも附さない全くの恣意的な判断であると評せざるを得ないし、法律をみだりに拡張解釈して課税要件を自から定めるに等しいものでもあつて、租税法律主義を定める憲法にも違反するものと言わざるを得ない。

三、原判決は、第一項(2)に述べた如く法施行令五四条の三六第一項の定めから、法五九五条が共有土地については共有地全体の面積をもつて基準面積とすることを前提としている旨判示しているが、なぜこのように解しなければならないのかについての理由は一切示していない。第一審判決が判示する如く、法施行令五四条の三六第一項の定めは上告人主張のように本則の注意的規定とみることも、被上告人主張のように本則に対する特則とみることも可能であるから、原判決が前記の如き解釈をとるのであれば、その理由を明示すべきであり、その理由を示さない原判決の判断には理由不備があり、到底承服することができない。

なお原判決は、法五八五条四項にもとづきみなし共有物とされた土地に関する法施行令五四条の三六第二項の規定が、同条第一項の定めと異ることを挙示し、法五九五条が共有地全体の面積をもつて基準面積とすることを前提とする旨の前記判断を補強する資料となるかの如き記述をしている。しかしこの点についても、第一審判決が「みなし共有物の場合に共有土地全体の面積を基準とすべきことは当然であるから、例外規定たる法五八五条四項において共有土地全体を基準として基準面積の判定を行うことを前提としていることを根拠として、一般の共有土地についても法が共有土地全体を基準として基準面積の判定を予定しているものと解することはできない」と述べる如く、法五八五条及び法施行令五四条の三六第二項の定めは、原判決の前記判示を裏付けるものとはなし得ないものであることが明らかである。

四、原判決は、第一項(3)に述べた如く共有土地の基準面積の判定を持分面積によるものとすれば

イ、多額の資金を要せずに投機的動機で土地を取得する傾向を助長することになる

ロ、単独で土地を取得すれば課税されるが、他人と共有すれば容易に課税を免れ、かつ、値上りを待つために土地は留保されるとし、基準面積の判定は持分面積によるとする上告人主張は採り得ないとしている。

しかし、基準面積の判定を持分面積によるものとした場合に原判決挙示の如き問題が生起するとすれば、この問題は立法の面で解決されるべきもので、このように解決されてこそ租税法律主義の原則に適うものである。立法機関でもない原審の課税要件を設定するかの如き前記判断は、これまた憲法の租税法律主義の定めに反するもので許されるべきではない。

五、特別土地保有税の立法趣旨は、第一審判決が述べる如く、「国税における土地譲渡益重課制度(租税特別措置法六三条)と相互に補充しながら、土地保有に伴なう管理費用の増大を通じて土地の投機的取得を抑制し、地価の安定を図るとともに、あわせて保有土地の供給の促進に資する」ことにある。従つて、法五九五条は投機の対象となり得る一定規模以上の土地のみを課税対象としていることとなるから、基準面積の判定については、この立法趣旨にそうように解釈すべきで、共有土地についての法五九五条の基準面積の判定が、共有土地全体の面積によるべきであるとした原判決の判断は、さきに詳述したように誤つていることは明白である。第一審判決が「特別土地保有税に関して、共有に係る土地の基準面積の判定方法を前記両方法のうちいずれと解すべきかについての根拠となりうべき規定は何ら存しないといわざるを得ない」と述べる如く、この点についての法令上の定めは存在しないのである。そこで、共有土地の場合には、前記立法趣旨に適合するように基準面積の判定方法を定めなければならないこととなるのである。

ところで、共有は数人が一つの所有権を共同して有する状態であるが、この場合の共有者の各持分所有権は、相互に持分の割合により制限し合つている所有権であつてこの各箇の持分所有権の総和が一箇の所有権の内容と均しくなるものとされている。従つて、持分所有権は一箇の物の上に成立する所有権の分量的一部分であるから、共有者はその持分に応じて共有物の使用をすることができるにすぎず(民法二四九条)、共有物の負担もその持分に応ずる(同法二五三条)ものとされている。このような共有の性質からすれば、共有者はその持分の割合に応じて共有に係る土地の資産価値を把握しているにすぎないこととなる。また、共有持分を売買等により換価処分して取得する所得も、持分の割合に応じた共有土地の価額にすぎないのである。

このように、持分所有権者は共有物の一部分の資産価値を保有しているにすぎないから、第一審判決も述べる如く、共有に係る土地の持分面積が基準面積以上の場合でなければ、前記特別土地保有税の立法趣旨からして課税する必要はないものといわざるを得ない。

原判決は、共有物の協議による分割の場合には、必ずしも分割の割合が共有持分の割合によることを要しないから、分割前と分割後とで経済的価値が同一ではない場合も生じ得るとし、これを理由として持分面積により基準面積を判定することは許されないかの如きことを述べている(原判決三丁)が、この見解は全く誤つている。共有物の分割については、本来持分の割合を斟酌して行われるもので、分割前と分割後で資産価値に変動を生じないのが原則である。裁判による分割の場合には、当然この原則が適用されるはずである。協議による分割の場合には、分割後に取得するものが持分の割合と異る場合もあり得るが、この場合には分割前の持分の一部が移動(売買、贈与等)したものと解され、金銭等が附随して支払われることもある。税務上も持分の割合と異るものを分割後に取得した場合には資産の譲渡があつたものとし、前後同一である場合には譲渡が発生しないものとして取扱つている(所得税法基本通達参照)。

従つて、原判決の前記見解の誤つていることは疑いがない。これに加え、本訴においては共有土地に係る特別土地保有税の基準面積の判定方法が問題となつていることに留意する必要がある。このためには、共有土地の持分所有権者が共有関係継続中にいかなる資産価値を把握しているのかを探究すれば充分なはずである。分割後に把握することとなる資産価値に対応する課税は、分割後の資産状態に基づいて定めれば足ることである(分割の際に譲渡所得税あるいは贈与税の発生することもあり得る)。従つて、共有関係継続中における特別土地保有税の基準面積判定方法を定めるについては、分割後の権利がどのようになるかを考慮する必要はないから、分割後に持分割合以上の権利を取得することもありうることを前記判断の理由とした原判決の論理は正しくない。

六、以上詳述した如く共有に係る土地の場合、法五九五条および名古屋市市税条例七八条の七の定める土地の合計面積(基準面積)は、共有土地の持分面積によつて算定するものと解釈すべきである。しかるに、これに反して共有土地全体の面積によるものとした原判決は、右法令もしくは憲法の解釈適用を誤りこれに違背したものであり、該法令違背は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

よつて、原判決の破棄と相当な裁判を求めるものである。

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